読んだ本
読んだ本

・本谷有希子「異類婚姻譚」
おもしろかった。こういうへんてこな話好き。
ホラー的な雰囲気もありつつ、怖くない、こっけいで、笑ってしまう。そんな夫婦のおかしみが良かった。終わり方が好き。
カップルって周りからすると関わりたくない、生々しくてなんだか嫌、でも本人たちはウェルカムみたいなところがあって、
でも夫婦って逆で、近づきやすさの裏でそっと本人たちが閉ざす壁ってあるような気がする。
と書いてみたけど、まあ自分の夫婦生活はそんな情緒的でも文学的でもないけれど。

・滝口悠生「茄子の輝き」
良かった。本当にさりげない小さな記憶が読後こうも私の中にありありと浮かぶから不思議だ。
「お茶の時間」のシフト表には笑った。
茄子の輝きって何かと思ったら、そういう意味だったか。
タイトルのつけ方もうまいなと思う。

・角田光代「坂の途中の家」
久しぶりにぐっとのめり込んで読んだ。おもしろかった〜
前半は育児の息苦しさと主人公の追い詰められていく切迫感に目が離せず、サスペンス的なハラハラもあり、ぐっと引き込まれる。
ところが後半主人公は奇妙な冷静さを取り戻し、自分の中にふと芽生えた一つの気づきについて考察していく。
そうしてスポットライトは育児からは外れ、親密な対大人との間で起こりうる複雑な心理状況へと移る。
私もあーこういうの知ってるなあと思うけれどうまく表現できない、言葉のない水面下の心理戦を巧みに紐解いていき、
最後主人公が粘り強く自分なりの答えを見つけた時にはこちらも爽快感というか、目の前が晴れた気持ちになった。
そしてこのテーマを裁判員制度への参加という、ある種非現実的な出来事に沿わす形で書いた角田光代の筆力に私はとても感心しました。

・綿矢りさ「生姜の味は熱い」
若い同棲カップルのうだうだ。おもしろかった。
二人とも未熟で、まあだからこそ23-26歳という年齢設定にもしたのだろうけど、未熟さの中にも分かるなあというか、
ふと自分も襲われることのある孤独だったり惨めさだったりわずらわしさだったりが繊細に描かれていて、楽しめた。

・村上春樹「騎士団長殺し」
これもおもしろかった。長いのでしばらく楽しめて嬉しかった。
私は村上春樹の小説の中ではかなり気に入った方かも。
それはやっぱり主人公がちょっとだけ大人、ってところがよかったのかな。
最初に結末を書いてるところも珍しいし。

・村上春樹・川上未映子「みみずくは黄昏に飛び立つ」
ちょっと勢いにのって読んでみる。
頭使ってしんどかったけど、私は結構ほーっと思うところがあった。

一番なるほどなあ・・と思ったのは、村上春樹が自分を「物語る人」だというような言い方をしていたこと。
自分の書いているものは、テーマが何かとかではなく、物語なのだと。
古代から伝承されてきた物語がそうであったように、自分もまた良質な物語を語るのだ、と。
そうか、そうだったのか、と合点が行った。
そしてそれっていしいしんじとすごく似てるなって思った。
いしいさんも、締め切りを決めずに毎日椅子に座って、物語が降りてくるのを待っているというようなことを言っていた。
そして、何百年後、何千年後のどこの国で読まれてもおもしろいと思ってもらえるような話を書きたいのだと。
全く同じだよな〜・・って思った。
やはり本物の小説家って語り部というか、普通の人はいけないところへ降りて行って、そこから物語を引っ張り出してきて伝えてくれる人なのかなと思ったら納得。
そこには驚くほど自己顕示欲がない。
ちなみに、石牟礼道子さんもそのようなことを言っていた。
自分が生み出すのではなく、自分の中を通すことで物語は外へ出れるのだ、というようなことを。
そういう選ばれし人っているのかなって単純に思った。

あとは、ピアノを右手と左手ばらばらに弾いて調和をとるのが得意、って話もおもしろかった。(比喩です)
文体の大事さの話もふむふむ。
あと読者との信用取引の話も。
たしかに、信用取引が成功している作家って数少ない気がする。
私川上未映子への信用を最近やや失いかけてるし。まだ信じてるけど。
かつて信用できなくなったよしもとばななとはもう距離を置いたまま近づいていないし。
でも村上さんのことはずっと信用しているよなあ・・と思う。小説がわけがわからなくても。

基本的に今回の聞き手、川上未映子には鋭さは特に感じず、やるな・・!というよりは、よく勉強してきたなあということに感心したけど
(これだけ準備してたら絶対相手も悪い気しないと思う)、フェミニズムのくだりだけぐっと力が入ったところがおもしろかった。
彼女のフェミニズム感にはわりと共感しているので、興奮する気持ちも分かって。
あとはもう完全に作家という立場は置いておいて、一人の読者としてインテビューしてる感じ。
でもそうするしかないと思う。川上未映子は村上さんと対等に作家として話せる語り部ではないし。

同じようなことをずっと村上さんは他でも言ってきてたのかもしれないけど、私的には色々発見があっておもしろい一冊でした。
しかししばらく村上春樹お腹いっぱいという気持ち。


と思ったのだけど、図書館に行ったらたまたま村上春樹訳の「グレート・ギャツビー」があってつい借りてしまう。
それでぱらぱら読んでたら、めっちゃ読みやすい!
私は野崎孝訳で最初読んで、でもそれ売ってしまって、今手元に大貫二郎訳があるのだけど、
正直これめっちゃわかりにくい!ストーリー知っていても読みにくい。
そう思うと村上春樹訳はかなり読みやすくて良い。また読もうかなと思った。

でも、村上春樹が、冒頭と結末を思うように訳す自信がなかったから20年近く訳せずにいた、とあとがきで書いていたその冒頭と最後の一節
(私もこの冒頭と最後は本当に素晴らしいと手放しで思っている)は、最初に読んだ野崎孝訳が断然好きな私です。


冒頭
In my younger and more vulnerable years my father gave me some advice that I've been turning over in my mind ever since.
"Whenever you feel like criticising anyone," he told me, "just remember that all the people in this world haven't had the advantages you've had."

野崎孝訳
ぼくがまだ年若く、いまよりもっと傷つきやすい心を持っていた時分に、父がある忠告を与えてくれたけれど、爾来ぼくは、その忠告を、心の中でくりかえし反芻してきた。
「ひとを批判したいような気持が起きた場合にはだな」と、父は言うのである。「この世の中の人がみんなおまえと同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思いだしてみるのだ」

村上春樹訳
僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。
「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言った。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」


最後の一節
So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.

野崎孝訳
こうしてぼくたちは、絶えず過去へ過去へと運び去られながらも、流れにさからう舟のように、力のかぎり漕ぎ進んでゆく。

村上春樹訳
だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。


野崎訳のどこが好きかというと冒頭部分は「くりかえし反芻してきた」ってところと「ちょっと思い出してみるのだ」ってところ。

そして最後は、まあ全部になるけど「絶えず過去へ過去へと運び去られながらも」ってのと「流れにさからう船のように」「力のかぎり漕ぎ進んでゆく」ってところ。
全部ですね。すみません。

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by shizuka-irutokoro | 2018-03-06 09:37 | | Trackback | Comments(0)
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